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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)58号 判決

スペイン国

バルセローナ、パウ・カサルス通り15番

原告

ギュイ・ラフォレスト・ル・ボーデック

スペイン国

バルセローナ、アベニーダ・ディアゴナール 541番

原告

ラフォレスト・ビック・ソシエダット・アノニマ

同代表者

アルフォンソ・マルティ・ブラビィ

原告ら訴訟代理人弁理士

青山葆

河宮治

和田充夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

増澤誠一

中村健三

中村友之

長澤正夫

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者双方の求めた裁判

1  原告ら

(1)  特許庁が平成2年審判第17764号事件について平成3年10月17日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、1983年3月11日スペイン国において出願されたスペイン国特許出願第520550号に基づく優先権を主張して、昭和59年1月23日、名称を「火打ち石用点火火花発生装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和59年特許願第10913号)したところ、平成2年7月10日拒絶査定を受けたので、同年10月5日査定不服の審判を請求し、平成2年審判第17764号事件として審理された結果、平成3年10月17日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月2日原告ら代理人に送達された。

2  本願発明の要旨

外周に横方向若しくは斜め方向のくぼみを備えたワイヤを1巻以上巻いてコイルばねを形成し、上記くぼみが上記ワイヤの本体中心から突出する複数の鋸歯状突出部で形成されるように上記ワイヤに配置されることによって、上記コイルばねの外周に突出カッタを形成し、上記コイルばねの外周面に当てられた火打ち石に対して該コイルばねを巻き中心回りに回転させて上記突出カッタで火打ち石を接線方向に削って点火火花を発生させるようにしたことを特徴とする火打ち石用点火火花発生装置

(別紙図面一参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、昭和56年特許出願公告第14932号公報(昭和56年4月7日出願公告。以下「引用例」という。)には、「線状鋼材をコイル状に巻きながら、ヤスリ歯型を成形し、ついでこれを所定の長さに切断してなることを特徴とするライター用ヤスリ輪の製造方法」が記載され、その第2図ないし第4図に該方法により製造されたヤスリ輪及びそれを使用状態に組み合わせた状態が図示されている(別紙図面二参照)。

(3)  そこで、本願発明(前者)と引用例記載の発明(後者)とを比較する。

後者におけるヤスリ輪もその用途からみて、ライターの火打ち石を接線方向に削って点火火花を発生させるものであり、また後者の第3図の記載からみて後者のヤスリ歯部分も鋸歯状に突出しているといえるから、後者におけるヤスリ歯部分が前者における突出カッタに相当し、さらに後者における線状鋼材がその機能に照らし前者のワイヤに相当する。

したがって両者は、ワイヤを1巻以上巻いてコイルばねを形成し、上記コイルばねの外周に突出カッタを形成した火打ち石用点火火花発生装置である点で一致し、上記突出カッタを、前者では外周に横方向若しくは斜め方向のくぼみを備えたワイヤを巻くことによって(ワイヤを切削することなく)形成しているのに対し、後者ではワイヤをコイル状に巻きながら形成するもので、その形成方法が具体的に記載されていない点で相違する。

(4)  上記相違点につき検討する。

上記引用例における「従来の方法と比較して材料費が節約され尚かつ切削の様な材料の損失もない。」(第2欄17行ないし18行)という記載からみて、後者の点火火花発生装置もワイヤを切削することなく突出カッタを形成していることは明らかである。そして、点火火花発生装置は、通常突出カッタを形成した後、さらに焼入れ等の処理を施す必要があることを考えると、突出カッタ自体の形状に差異がない以上、その形成方法の変更によって、最終製品である点火火花発生装置の構成及び作用効果に格別な差異が生ずるものとは認められず、上記相違点に技術的な意義は認められない。

(5)  したがって、本願発明は上記引用例記載の発明と実質的に同一であると認められるから、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、本願発明及び引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、相違点を看過し、また、引用例記載の発明の技術内容を誤認し、本願発明の顕著な作用効果を看過したため、審決認定の相違点に技術的意義が認められないとの誤った判断をして、本願発明と引用例記載の発明とが実質的に同一であるとの誤った結論を導いたもので、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点の看過)

審決が認定した以外の点でも、本願発明と引用例記載の発明との間には、顕著な相違点がある。

〈1〉 まず、突出カッタ自体の形状において顕著な相違点がある。

すなわち、本願発明においては、特許請求の範囲に記載されたように、ワイヤの本体中心から突出する複数の鋸歯状突出部でくぼみが形成される結果、突出部がばねの外周から突出するようになっている(願書添附の明細書(以下「原明細書」という。)4頁15行ないし18行、添付図面第4図、第1図、第3図)。

これに対し、引用例には「加工工具で成形する」との記載があるが、この記載は、後記のとおり切削又は研削によりヤスリ歯を形成することを意味すると解されるから、生じたヤスリ歯は単にホイールの元となる材料から溝となる部分を切削又は研削により削り落すだけであって、ホイールの元の材料の外周面から突出するものではない。つまり、引用例記載の発明においては、第2図、第4図に示されたように、線状鋼材がコイル状に巻かれてなるヤスリプランクの外周に加工工具でヤスリ歯部を切削によりU字状に成形するものであって、第4図の断面図から鋼材の外径より突出する歯がないことは明らかである。さらに、引用例の第3図及びその他の図並びに明細書をみても、本願明細書の第4図に示されるように線上鋼材の本体中心からみて突出するような明確な記載は見当らないから、引用例記載のヤスリ歯は線上鋼材の本体中心から突出するとはいえない。

このように大きな相違点があるのに、審決はこれを看過したというべきである。

〈2〉 次いで、突出カッタの配置に相違点がある。

一般に、火花を発生させるには、火打ち石に対してこすられるコイルの突出カッタは散らばって配置される方が、平行に配置されるよりも好ましいことは、当業者に自明である。

本願発明では、予めくぼみを設けて形成した突出カッタをワイヤに備え、この突出カッタ付きのワイヤを巻くことによってコイルを形成するため、必然的に突出カッタが平行になることなく、散らばって配置されることとなる。この点について、本願発明の要旨には、「外周に横方向もしくは斜め方向のくぼみを備えたワイヤを1巻以上巻いてコイルばねを形成し」と明記されている。

これに対し、引用例記載の発明では、ワイヤをコイル状に巻いた後、切削により歯を形成するため、第2図、第4図に示されるように、その歯は必然的に平行な列となる。

したがって、本願発明は突出カッタの配置の構成が引用例記載の発明と相違し、かつこの構成の相違により火花を発生させるのに好ましいという作用効果を奏するものである。

審決は、この相違点も看過したというべきである。

(2)  取消事由2(相違点の検討の誤り1)

審決は、引用例の「従来の方法と比較して材料費が節約され尚かつ切削のような材料の損失もない。」という記載からみて、引用例記載の「点火火花発生装置もワイヤを切削することなく突出カッタを形成していることは明らかである。」と認定判断している。

しかしながら、引用例には、引用例記載の発明以前の従来の方法として、「一般に用いられているライター用のヤスリ輪は円盤状に形成され、その外周部にヤスリ歯部を有するものがほとんどで、従来の製法は、予め切削または鍛圧で円盤状のヤスリプランクを成形し、別に螺旋溝を施したのち、目立加工をしていた。」(1欄22行ないし27行)と記載されているのに対し、引用例記載の発明では、「まず、(中略)線状鋼材を、特殊専用機にてコイル状に巻いてヤスリプランクを成形するとともに、外周に加工工具にてヤスリ歯部を成形する(第2図)。しかるのち必要な巻数又は所定の長さに切断してライター用ヤスリ輪ができる(第3図)。さらにこのライター用ヤスリ輪をライターに組み入れて使用するには、浸炭あるいは焼入れなどの熱処理を行ない、」(2欄4行ないし11行)と記載されている。これらの記載から、引用例記載の発明においては、線状鋼材をコイル状に巻いてヤスリプランク成形時の切削工程と螺旋溝を施す工程の二つの工程が不要となることが明らかであり、材料費が節約できる原因は、ヤスリ歯部を切削ではない方法で加工したことにあるのではなく、上記の二つの工程を省略することができることにあると解するのが相当である。

また、甲第9ないし11号証によれば、引用例記載の発明の出願当時点火ホイールの分野では従来技術として切削又は研削によりヤスリ歯が形成されることが公知であったから、引用例の「加工工具で成形する」との記載は、鏨により金属地金を打ち起こして成形するのではなく、切削又は研削によってヤスリ歯を成形するとの意味であることが明らかである。この点に関して被告が提出した乙第1ないし第4号証には、いずれも肉厚の大きな金属の固体片を加工して金属等の加工用工具を製造するためにその工具のヤスリ歯を鏨により形成することが開示されているだけで、肉厚の小さなワイヤでしかもコイル状に巻かれた外周面にライター用のヤスリ歯を形成することは、全く開示も示唆もされてはいない。もし鏨がライター用のヤスリ歯の形成に使用されるとするならば、そのための加工の際の制御方法等が明確に記載されていなければ、開示されているとはいいがたく、このような記載がない以上、鏨をライター用のヤスリ歯に適用することは考えられていないというべきである。

さらに、引用例記載の発明と考案者(発明者)、出願人、出願日、図面が全く同一の公知資料(甲第8号証の実用新案出願公告公報)には、「外周表面のヤスリ歯形は多数個の半ドーム状、台形状あるいは波形状の歯を成形する。」(2欄2行ないし4行)と明記されている。この甲第8号証記載の図面と引用例記載の図面とは全く同一であるため、引用例記載のヤスリ歯も甲第8号証記載のヤスリ歯と同様な形状であると推定されるから、このような半ドーム状、台形状又は波形状のヤスリ歯は鏨では到底成形できるものではなく、切削作業により成形できると解するのが妥当である。

そうすると、上記の審決の認定判断は誤りであるというべきである。

(3)  取消事由3(相違点の検討の誤り2)

審決は、本願発明のように「形成方法の変更によって、最終製品である点火火花発生装置の(中略)作用効果に格別な差異が生ずるものとは認められず」と判断している。

しかしながら、次のとおり、本願発明と引用例記載の発明との間の相違点は、大きな作用効果の差異をもたらし、本願発明には顕著な作用効果があるのに、審決はこれらの顕著な作用効果を看過したものである。

〈1〉 引用例記載の発明では、コイルのワイヤ本体の中心をヤスリで削ることによりヤスリ歯を作るために材料費がかかり、コイル材料も切削により減少して浪費され、削り取られた材料の清掃の必要も生ずる。

これに対し、本願明細書には手続補正書により「ワイヤに溝を削って形成する代わりに、上記ヤスリのワイヤ本体中心から突出する」ことを挿入する補正がされているから、本願発明のくぼみは、切削以外の方法により形成されることが明白であり、本願発明においては、くぼみを作ることにより歯を形成するので、材料を浪費することもなく、大幅に節約することができ、また、清掃の必要もない。殊に、本願発明では、ワイヤ本体より歯を突出させるためワイヤ本体の直径より歯を大きくすることができて引用例記載のコイルよりも小さい直径のワイヤを使用することができるので、本願発明における材料の節約は顕著である。

〈2〉 また、本願発明では、ワイヤの長手方向のスチールファイバーはくぼみ形成工程によっては切断されず、本願発明の歯の機械的強度は、スチールファイバーの固有の結合が切断される引用例記載の発明よりも、強いものとなる。

〈3〉 さらに、引用例記載の発明のヤスリ歯の構成は、コイル状に線状鋼材を巻いたのちヤスリ歯型を設けてライター用ヤスリ輪を成形するので、本願発明のくぼみ付の歯と比較して、より複雑な工程を要し、製造コストは高価になるが、本願発明では、線材に予めくぼみが形成されており、これを巻くだけで良いので、簡単かつ安価に製造することができる。

第3  請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告ら主張の違法は存在しない。

(1)  取消事由1について

〈1〉 取消事由1〈1〉について

本願発明の要旨には、突出カッタの形状について「くぼみ」が「ワイヤの本体中心から突出する複数の鋸歯状突出部で形成される」と記載されているが、「ワイヤの本体中心から突出する」とは、ワイヤの外周から突出するという意味である。そして、本願発明の第1、第3、第5図においても、突出部は記載されていない。

これに対し、引用例記載の発明は、コイル状に巻かれた線状鋼材(ワイヤ)で成形されたヤスリプランクの外周に加工工具でヤスリ歯部を成形するものであるが、ヤスリプランクの外周に加工工具で成形する、とは、後記のとおり、従来の製法の切削と異なり鏨等の加工工具により金属地金を打ち起こして成形する方法による。そして、ヤスリプランクの外周に鏨等の加工工具により金属地金を打ち起こして成形すれば、引用例記載の発明においても、ヤスリ歯部はヤスリプランクの外周から突出するようになることは明らかである。引用例の第3図は、そうした状態のヤスリプランクの断面を示している。また、引用例の第4図は、本願発明の第5図と同様、単に線状鋼材が保持具に装着される態様を示すものにすぎず、線状鋼材の断面の詳細を示すことを意図していない。

〈2〉 取消事由1〈2〉について

くぼみの間隔とコイルばねの巻きの直径との組合わせによっては、本願発明の突出カッタ(ヤスリ歯)が散らばらずに回転軸に平行な直線上に揃う場合があることは、技術常識から明らかであり、そうした場合を本願発明の要旨の記載が排除するものではない。

これに対し、引用例には第2図としてヤスリ歯部分2がヤスリ歯の回転軸に平行であるものが示されているが、これは単なる一実施例にすぎない。引用例記載の発明は、ライター用ヤスリ歯の製造方法に関するもので、その特許請求の範囲に記載されるとおり「線状鋼材をコイル状に巻きながら、ヤスリ歯型を成型」するものであって、ヤスリ歯型の成形に際し、線状鋼材のコイルの巻き具合と加工工具のあて方との組合わせによって、突出カッタの配置は様々なものが形成され、本願発明の図示実施例のように突出カッタが火打石に対して散らばって配置されるものも成形されることは明らかである。

したがって、この点は、相違点とはいえない。

(2)  取消事由2について

確かに、一般には「加工工具で成形する」ものの中には、鏨により打ち起こしてする成形と切削による成形とがある。しかし、引用例では、「切削」とは、板体等から円盤状のヤスリプランクを成形する第1図について使われており、板体等から部材を刃物で切り出すという程の意味で使われている。また、引用例記載の発明の出願当時(昭和52年)の技術水準、すなわち一般にヤスリ歯を成形する場合、ヤスリ歯を鏨等の加工工具により金属地金を打ち起こして成形することが周知であること(乙第1ないし第4号証参照)を前提として引用例の第2、第3図をみれば、引用例記載の「加工工具で成形する」とは、コイル状のヤスリプランクの外周に鏨等の加工工具により切れ目をつけた後に切り起こしてヤスリ歯を成形することを意味しており、「切削」とは区別して使われている。

したがって、「切削の様な材料の損失」とは、従来の製法の説明の記載からみて、ヤスリプランクの成形工程、螺旋溝を作る工程、目立加工の工程の三工程において発生する材料の損失を指し、引用例記載の発明は切削ではなく、コイル状のヤスリプランクの外周に加工工具により切れ目をつけて後に切り起こしヤスリ歯を成形しているから、切削の様な材料の損失がないことは明らかである。

また、甲第8号証の「外周表面のヤスリ歯形は多数個の半ドーム状、台形状あるいは波形状の歯を成形する。」との記載は、紙面に対して正面から見た第2図のヤスリ歯の外形についての記述であり、第2図にはその内の半ドーム状のヤスリ歯の実施例が示されており、その半ドーム状のヤスリ歯の側面図は第3図に示されているとおり、線状鋼材の外周から突出する鋸歯であることが明らかである。そして、ヤスリ歯を成形する場合に鏨等の加工工具により金属地金を打ち起こし、切削することなくヤスリ歯を成形することの周知例である乙第4号証との関係では、甲第8号証の第3図は、乙第4号証のFIG2、4と同様である。

そうすると、審決の判断には誤りがあるとの原告らの主張は理由がない。

なお、甲第9号証ないし第11号証記載のものは、引用例記載の従来の製法により成形される第1図に対応するから、これらの証拠により引用例記載の「加工工具で成形する」の意味が切削又は研削によって成形されるということはできない。

(3)  取消事由3について

〈1〉 取消事由3〈1〉について

前記(2)記載のとおり、引用例記載の発明でも、そのヤスリ歯形成工程は、切削ではないし、ヤスリのワイヤ本体中心から突出する鋸歯を有するから、原告らの主張は失当である。

〈2〉 取消事由3〈2〉について

本願明細書にはくぼみ形成過程の記載がなく、くぼみ形成過程においてスチールファイバーが切断されないとの記載もないから、原告らの主張は明細書の記載に基づかず、理由がない。

〈3〉 取消事由3〈3〉について

原告らの主張は、線材にくぼみを形成する工程及び製造コストを考慮しておらず、そのくぼみ形成工程を加えると、引用例記載の発明と本願発明とは順序が異なるけれども同じ工程数で製造され、くぼみの形成に製造コストがかかることは明らかであり、失当である。

第4  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中において引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実並びに引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  甲第2、第4号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、フレーム内に組み入れられた(自然発火性)火打ち石に作用して点火火花を発生する装置に関する(原明細書1頁15行ないし17行)。

本願発明に係る装置は、ライタの製造にそのまま適用でき、この主たる適用においては、従来、シリンダの粗い外表面がフレーム内に収容された火打ち石に当てられたときに、火花を発生させる火打ち石に摩擦を生ぜしめて、ライタの点火火花を発生させていた。上記シリンダはこの粗い表面を持っているので上記シリンダそれ自身の製造は機械加工工程とその後の処理を行わねばならず、特別のコストが必要であるのみならず、点火火花発生装置のらせん状チップブレイカーや歯のくぼみの製造とこれらの部品のその後の処理のためにそのコストが非常に高い。ある場合にはチップ破砕のステップと、他の場合には切削と刻印と焼きなましのステップと、同時に他の態様では切削と斜めの切断のステップと仕上げた部品のその後の処理とが、異なった機械を使って行われる。したがって、手仕事が増えるとともに今日の市場の需要を満たす必要上、過度に非常に多くの機械の獲得と管理がなされる。本願発明は、この部品の生産コストを該部品がそれに組み込まれずに発明に係るある要素に置き換えることにより、非常に減少させること(同1頁18行ないし3頁8行)を技術的課題(目的)とするものである。

(2)  本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨記載の構成(平成2年11月5日付手続補正書(以下この手続補正書を単に「手続補正書」という。)5枚目2行ないし12行)を採用した。

(3)  本願発明は、前記構成により、前記の欠点のない、かつ、部品の生産コストを該部品がそれに組み込まれずに発明に係るある要素に置き換えるので、非常に減少させる、すなわち、ワイヤに溝を削って形成する代わりに、ヤスリのワイヤ本体中心から突出する鋸歯であるので、材料をむだに使うことがない(原明細書3頁6行ないし8行、手続補正書2枚目5行ないし10行)という作用効果を奏するものである。

3  取消事由1〈1〉について

(1)  甲第5号証によれば、引用例は、発明の名称を「ライター用ヤスリ輪の製造方法」とする特許出願公告公報であって、引用例には、引用例記載の発明の技術的課題(目的)について、「本発明はコイル状線状鋼材ヘヤスリ歯型を成型し、切断してなるライター用ヤスリ輪の製造方法に関する。一般に用いられているライター用ヤスリ輪は円盤状に形成され、その外周部にヤスリ歯部を有するものがほとんどで、従来の製法は、予め切削または鍛圧で円盤状のヤスリプランクを成形し、別に螺旋溝を施したのち、目立加工をしていた(別紙図面二第1図)。したがって、生産性が悪くかつ品質安定上に種々の問題があった。本発明は上述の様な従来の欠点に着眼し、斬新な着想により一掃したものであり、従来品より低価格で生産性が高くかつ品質の安定したライター用ヤスリを提供するものである。」(1欄19行ないし32行)と記載され、引用例記載の発明の特許請求の範囲として、「線状鋼材をコイル状に巻きながら、ヤスリ歯型を成型し、ついでこれを所定の長さに切断してなることを特徴とするライター用ヤスリ輪の製造方法」(1欄14行ないし17行)との記載があり、さらに、引用例記載の発明の作用効果に関し、「本発明によれば斬新な着想により従来のライター用ヤスリを製造するための欠点を一掃し、生産性の向上が期待でき、コスト低減し、かつ品質の安定したライター用ヤスリが得られる。すなわち、従来の方法と比較して材料費が節約され尚かつ切削の様な材料の損失もない。又切れ味を良くするために設けられる螺旋溝は、従来は別工程にて加工されているが、本発明によれば線状鋼材をコイル状に巻くことによって自然と成形された製品が得られる。さらに本発明を利用すれば必要に応じたライター用ヤスリ輪の外径、巾等を即座に変えることができるので大量生産に適するものである。」(2欄13行ないし25行)との記載があり、末尾に第2図として線状鋼材をコイル状に巻きヤスリ歯が成形された状態を示す正面図、第3図として引用例記載の発明の側面図、第4図として引用例記載の発明を使用状態に組み合わせた状態を示す縦断面図が、それぞれ添附されていることが認められる。

(2)  前記(1)において認定した引用例の特許請求の範囲の記載では、引用例記載の発明のライター用ヤスリ輪の製造方法において、ヤスリ歯型の成型(ヤスリ歯部の成形)方法は、特定の加工工具又は特定の成形方法に限定されるものではないことが、明らかである。

そこで、引用例の発明の詳細な説明部分を検討してみるに、甲第5号証によれば、引用例には、引用例記載の発明の製造方法を具体的に説明するための一例を示す記載中に、第2図ないし第4図とともに「まず普通鋼又は特殊綱等のいずれか一方の線状鋼材を、特殊専用機にてコイル状に巻いてヤスリプランクを成形するとともに、外周に加工工具にてヤスリ歯部を成形する(第2図)。しかるのち必要な巻数又は所定の長さに切断してライター用ヤスリ輪ができる(第3図)。」(2欄4行ないし9行)との記載があることが認められる。

確かに、この記載でも、加工工具又は成形方法について明記されてはいない。しかし、乙第2ないし第4号証によれば、引用例記載の発明の出願当時、一般にヤスリ歯を成形する場合、鏨等の加工工具により金属地金を打ち起こし、切削することなくヤスリ歯を成形することは周知であったことが認められる。そこで、この周知の事実を考慮のうえ、引用例添附の第2図にU字状に描かれた歯の形状及び第3図に歯元の部分が切込み状に描かれた歯の形状を見れば、上記の図示された一例のヤスリ歯部が、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こして成形されたものであることは、当業者であれば容易に理解できた、ということができる。

そして、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こしてヤスリ歯部を成形すれば、ヤスリ歯部は線状鋼材の外周から突出することは明らかであるであるから、引用例には、引用例記載の発明の製造方法によって製造されたものとして、線状鋼材を切削することなく、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こして線状鋼材の外周から突出したヤスリ歯部を成形したライター用ヤスリ輪が開示されていると認められる。

ところで、前記当事者間に争いがない本願発明の要旨には、突出カッタの形状に関して「くぼみ」が「ワイヤの本体中心から突出する複数の鋸歯状突出部で形成される」との記載があるが、ここで「ワイヤの本体中心から突出する」とは、ワイヤの外周から突出するという意味であることは、当事者間に争いがない。

上記のとおりの引用例のヤスリ歯部の形状と、くぼみがワイヤの本体中心(外周)から突出する複数の鋸歯状突出部で形成された本願発明の突出カッタとの間に、特に差異は認められないというべきである。

そうすると、取消事由1〈1〉の主張は、失当であり、審決にこの主張に係る相違点の看過はない。

4  取消事由1〈2〉について

予めくぼみを備えたワイヤを巻いてコイルばねを形成しても、くぼみの間隔とコイルばねの巻きの直径との組合わせによっては、突出カッタが散らばらずに回転軸に平行な直線上に揃う場合があることは、技術上明らかであり、本件全証拠によっても、本願発明の要旨とする構成からこのような構成のものが排除されていると認めることはできないから、本願発明の突出カッタは散らばって配置されるものに限定されない、といわなければならない。

他方、引用例記載の製造方法のように、線状鋼材をコイル状に巻きながら、ヤスリ歯部を成形するものであっても、線状鋼材の巻き具合と加工工具の当て方との組合わせによってヤスリ歯部が散らばって配置されるものなど様々な構成のものが形成されることも明らかである。

したがって、本願発明の突出カッタの配置と引用例記載の製造方法によるヤスリ歯部の配置とに、差異があるとは認められず、取消事由1〈2〉の主張も理由がない。

5  取消事由2について

前記3において検討したとおり、引用例には、引用例記載の方法によって製造されたものとして、線状鋼材を切削することなく、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こして線状鋼材の外周から突出したヤスリ歯部を成形したライター用ヤスリ輪が開示されているから、引用例記載の点火火花発生装置もワイヤを切削することなく突出カッタを形成していることは明らかであるとした審決の認定判断に誤りはないというべきである。

この点について、原告らは、甲第9ないし11号証を引いて、引用例記載の発明の出願当時切削又は研削によりヤスリ歯を形成することが公知であったから、引用例の「加工工具で成形する」との記載は、鏨により成形するのではなく、切削又は研削によって成形するものであり、乙第1ないし第4号証にはライター用のヤスリ歯を形成することは開示も示唆もなく、鏨をライター用のヤスリ歯に適用することは考えられていない、と主張する。

しかしながら、前記3(1)における認定事実及び前記3(2)における検討の結果によれば、引用例記載の発明の出願当時、点火ホイールのヤスリ歯部の成形に切削や研削が利用されていたところ、引用例記載の発明は、そのような従来技術を改良することを技術的課題(目的)とするものであること、また、当時、ヤスリ歯を成形する場合に鏨等の加工工具により金属地金を打ち起こし、切削することなくヤスリ歯を成形することが周知であり(この周知の成形方法を引用例記載の製造方法においてそのヤスリ歯部の成形に適用することに困難はない。)、引用例に図示された引用例記載の発明の一例のヤスリ歯部は鏨等の加工工具により成形されたものであることが認められる。そうすると、上記原告らの主張は、理由がないというほかはない。

また、原告らは、引用例記載の発明と考案者(発明者)、出願人等が同一の公知資料(甲第8号証の実用新案公報)の記載を根拠に、引用例記載の発明のヤスリ歯は鏨で成形できず切削作業により成形したものである、と主張している。

確かに、甲第5号証、第8号証によれば、甲第8号証記載のものは、引用例記載の発明と考案者(発明者)、出願人、出願日が共通であること、甲第8号証には、「ここでライター用ヤスリ輪は普通鋼又は特殊鋼のいずれか一つのコイル状の線状鋼材1からなり、外周表面のヤスリ歯形は多数個の半ドーム状、台形状あるいは波形状の歯を成形する。」(1欄35行ないし2欄4行)との記載があることが認められる。しかしながら、上記記載におけるヤスリ歯形の形状がヤスリ輪をいずれの方向から見た場合の形状をいうのかについての記載はなく、例えば第2図を紙面に垂直な方向から見た形状をいうと解することもできるから、鏨等の加工工具の形状等を変えることによってヤスリ歯形を前記のような形状に成形することは十分可能である。したがって、上記記載から引用例記載のヤスリ歯部が鏨等の加工工具で成形したものでないということはできないから、この原告らの主張も失当である。

そうすると、取消事由2は理由がない。

6  取消事由3について

前記3(2)において検討したとおり、引用例記載の発明の製造方法を具体的に説明するための一例として引用例に図示されたヤスリ歯部は、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こして成形されたものと解されるから、原告らが取消事由3の〈1〉及び〈2〉として主張する本願発明の作用効果は、引用例記載の発明も有する作用効果であって、本願発明に特有のものではないというべきである。

また、前記3及び5の検討の結果によれば、本願発明の突出カッタと引用例記載の発明のヤスリ歯部とは、形状、配置等構成に差異はないことが明らかであり、原告らが取消事由3の〈3〉として主張する作用効果は、製造方法に基づくものでしかないが、本件全証拠によっても、引用例記載の発明が本願発明の場合と比較してより複雑な工程を要し、製造コストが高価になることは認められず、この作用効果を認定することはできない。

そうすると、取消事由3も理由がない。

7  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面一

〈省略〉

別紙図面二

〈省略〉

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